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大津地方裁判所 昭和30年(行)1号 判決 1956年5月15日

原告 橋本文造

被告 大津市長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十九年六月七日原告に対してなした免職の処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

(一)  原告は昭和二十五年四月十三日大津市の臨時雇として採用され、同年七月二十七日事務員に任命の上、同市税務課勤務を命ぜられ、次で昭和二十六年七月一日事務吏員となり、昭和二十九年二月六日附で同市建築課勤務に転じ、その間同年一月一日より七級七号俸を給与せられ、終始誠実に職務に精励していた者であるが、同年六月七日、被告から地方公務員法第二十八条第一項三号並びに大津市職員の分限に関する手続及び効果に関する条例により免職の処分をうけた。

(二)  そして被告のなした右免職処分の理由は「原告は、昭和二十七年十月頃市民税の出張徴収の際誤算によつて不足が生じた一千五百六十円を、固定資産税の部外台帳に入金せる税金のうちより弁償し、事件発覚まで何等の処置も講じなかつた。このことは、職務上の義務に違反し、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であつて、税務職員としての信用を傷つけ、市職員の不名誉となる行為であると認めざるを得ない。よつて懲戒免職処分に附するを相当とするが、情状を酌量して公務員としての適格性を欠く理由のもとに免職する」というのである。

(三)  しかしながら、右の処分は左の如き理由により違法である。

(イ)  原告が市民税出張徴収の際不足を生じた一千五百六十円を固定資産税の部外台帳に入金せる税金のうちから弁償したという事実はない。右不足金は二千円であつて、原告は翌日これを自己の所持金をもつて弁償したのである。

ところが、その後同年十一月二十五日頃になつて、上司の同市税務課長小林保太郎及徴収係長岡田喜与松等が上叙原告の自費弁償の事実に同情し、たまたま当時収納した税金一千五百六十円を右弁償金の一部補填として受領せよといい、原告は一応辞退したが、なお両名より、従来かかる誤算を生じた際は、すべて上司が弁償しているのであるから遠慮なく受取るよう重ねて慫ようされたので、その言に従つて受領したものであつて、右一千五百六十円は後日小林保太郎により大津市へ弁償されている。故に、原告としては何等職務上の義務に違反した点はなく、またこれをもつて、原告が地方公務員法第二十八条第一項三号の公務員としての適格性を欠くものとするには当らない。

(ロ)  かりに、原告の右行為が免職理由にある如き職務上の義務に違反し、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であるとするならば、それは地方公務員法第二十九条による懲戒処分の事由に該当するものであるに拘わらず、同法第二十八条第一項第三号により原告を免職処分にしたのは、法律の解釈適用を誤つた処分であつて、違法である。

(ハ)  なお地方公務員法には、第十三条に平等取扱の原則が掲げられ、また第二十七条には、職員の分限及び懲戒については公正でなければならないことが定められている。従つて、同法第二十九条の懲戒処分を行うに当つて同条所定の戒告、減給、停職又は免職のうちいかなる処分を選ぶかについては、当然右の第十三条第二十七条の規定に覊束せられるものであつて、任命権者の自由に放任されたものではないと思料する。換言すれば、法第二十九条の処分は法規裁量行為に属するものであるところ、原告の前示行為を理由としてこれを免職処分にしたのは著しく裁量を誤つたものであつて違法である。

(ニ)  さらに被告は、原告がその職に必要な適格性を欠く理由により免職にしたというが、原告は右免職処分当時は建築課勤務に転じておつて、税金の徴収保管等の任務には従事していなかつたものである。故に、かりに原告に被告の挙示するような非行があつたとしても、税務課職員ならば格別、建築課の職員となつた原告にとつてその職に必要な適格性を欠く理由にはならない。のみならず、法第二十八条第一項により職をその意に反して降任し又は免職するには、その者が現に同条所定の各号の一に該当していることを要するにかかわらず、本件において被告は原告の過去の一行為を捉え、これを理由に法第二十八条による免職処分にしているのであつて、以上いずれの点よりするも違法たるを免がれない。

よつて原告は、昭和二十九年六月十五日大津市公平委員会に対し、右処分を不服として審査請求をしたところ、同委員会は同年十二月八日被告のなした処分を承認する旨の判定をしたので、本訴に及ぶと陳述し、

被告の行政事件訴訟特例法第十一条に基く主張に対して、大津市税務課の汚職事件の連類者であつて懲戒免職をうけたのは、小林保太郎外五名のみであり、同事件の干係者中西村収入役外五名は現に引続き在職しているのである。従つて原告に対する本件処分が違法である場合これを取消し又は変更したからといつて、それがため公共の福祉に適合しないというような特別の事情は全く存在しない、と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、

(一)  原告主張の請求原因(一)(二)の事実、及び原告が昭和二十九年六月十五日大津市公平委員会に対してその主張のような審査請求をしたところ、同年十二月八日右委員会において原告主張のような判定があつた事実は、原告が大津市に雇われ中終始誠実に職務に精励していたとの点を除き、その余はすべてこれを認める。昭和二十九年二月六日附で原告を建築課に転属させたのは、同年一月大津市税務課を中心とする汚職事件が発覚し、原告も右事件に干係ありとみられるに至つたので、これが調査処分の結了するまで一時的に転課せしめたものである。

(二)  原告は、昭和二十七年十月頃市民税の出張徴収に際し、誤つて徴収金に二千円の不足を生じこれを一たん自己の所持金で弁償したが、その後同年十一月二十四日訴外木野丈吉から市へ納入すべき昭和二十六年度固定資産税延滞加算金一千十円及び昭和二十七年度固定資産税延滞金五百五十円を受取りながら、これを受取らなかつた如く領収証控のその部分の記載を抹消の上、右合計千五百六十円をさきに弁償した二千円の補填として領得したものである。徴収係は諸税金の徴収及びこれが一時的保管等公金取扱の任にあたる者であるから、その執務態度は極めて厳正でなければならないのに、自己が徴収した税金の収納に関する書類を改ざんしてその収納した税金を着服するが如きは、公金を公金とも思わない所為であつて、かかる所為に出た原告がその職に不適格であることは多言を要しないところである。よつて被告は右の事実に基き、原告が地方公務員法第二十八条第一項第三号所定の場合に該当するものとしてこれを免職処分にしたのであるから該処分には何等違法のかどはない。

(三)  原告は、右税金を領得したのは上司である小林保太郎等の慫ようによるものであるというが、事実は却つて原告からの積極的申出によるものであつて、たとえそれについて上司の暗黙の諒解があつたものとしても、又後日小林保太郎においてその弁償をしているとしてもこれがため原告の徴税吏員としての職務不適格性が阻却されるものではない。

(四)  さらに原告は、前記所為を理由として、地方公務員法第二十八条第一項第三号に基き原告を免職処分にしたのは、法律の解釈適用を誤つたものであるというけれども、原告の本件行為をもつて右の条項に該当するものと認定するも、また同法第二十九条第一項に該当すると認定するも、すべて任命権者である被告の自由裁量に委ねられているのであるから、原告主張の如き違法はない。

(五)  かりに、本件免職処分が原告の右主張の如く適用法条を誤つたものとして違法であるとしても、原告の本件非行は大津市役所の税務汚職事件に関連して発覚されたものであつて、同事件は大津市としては未曽有の不名誉な事件として未だ市民の印象に新らしい事件である。原告は刑事訴追こそ受けていないが、十分刑罰に値する行為であるので、その免職処分が取消されるときは、市民をして市吏員一般を蔑視せしめる結果になり、吏員一般の綱紀を弛緩させ、ひいては市政の運営を阻害するに至る虞があるので、行政事件訴訟特例法第十一条に基いて原告の請求は棄却せらるべきを至当とする。

と述べた。(立証省略)

理由

(一)  被告が昭和二十九年六月七日当時大津市事務吏員として勤務していた原告を、その主張するような理由によつて免職処分にしたことは当事者間に争がない。

(二)  そして、原告が昭和二十七年十月頃市民税の出張徴収に際し誤つて徴収金に二千円の不足を生じ、これを一たん自己の所持金で弁償しておいたが、その後同年十一月二十四日に至り、訴外木野丈吉から大津市へ納入すべき昭和二十六年度分の固定資産税随時分四千六百七十円及びその延滞加算金一千十円、同じく昭和二十七年度固定資産税及びその延滞金五百五十円を徴収した際、右二口の延滞金合計一千五百六十円をさきに自己が徴収不足金の弁償として支出した二千円の補填に当つべく担任課長に申出で、その諒解の下に前記税金領収証控(乙第一号証の二、同第二号証の三)の領収記載を抹消して該金員を自己に着服した事実は、その骨子の点はおおむね原告の自認するところであり、その他は成立に争のない乙第一号証の一、二同第二号証の一乃至三、同第四号証並びに証人吉川俊彦の証言によつてこれを認めるに十分である。原告は、右一千五百六十円を受取つたのは、当時の税務課長小林保太郎や徴収係長岡田喜与松等より再三慫ようされたのでその言に従つたまでのことである旨弁解するけれども、証人岡田喜与松の証言によるもかかる事実は認められず、却つて前顕乙第四号証によれば、原告から小林課長(小林課長が原告の妹婿に当ることは同号証により明かである)にそのことを申入れ同人の諒解を得て事を行つたものと認むべきこと上叙のとおりである。

(三)  およそ市の税務課徴収係職員として、市民より納入すべき諸税の徴収及びこれが一時的保管の任にある者は、その職務が直接公金の取扱に関するものであり、殊に税金収入は現下地方自治体における最も重要な財源をなすものであるから、その職務の遂行に当つては正確を期し、税金を徴収した場合はその計算を明かにして直ちに担当機関に引継ぐことが要求され、厘毛といえどもこれをごまかす如きことが許されないのはいうまでもないところである。従つて、本件のように徴税係員が不注意によつて徴収税金に不足額を生ぜしめたのみならず、たまたま担当課長が自己の姻戚に当るのをよいことにしてその諒解の下に他の税金の領収証を改ざんし、これが徴収額の一部を前記不足金の穴埋めに流用したことは、徴税係職員として著しく職務上の義務に違反するものというべく、原告のかかる行為が地方公務員法第二十九条第一項所定の懲戒事由に当ることはいうまでもない。よつて被告は、上叙事実に基き原告を懲戒免職処分に附するを相当と認めたのであるが、情状を酌量し、表面上は公務員としての適格性を欠くとの理由の下に、同法第二十八条第一項第三号並びに大津市職員の分限に関する手続及び効果に関する条例による免職処分にしたものであることが、成立に争ない甲第一、二号証によつて明かである。

(四)  ところで原告は、地方公務員法第二十九条には職員の懲戒処分として戒告、減給、停職及び免職の四種が定められており、このうちいずれの処分を選択するかについては同法第十三条の平等取扱の原則並びに第二十七条の公正の原則に覊束せられるものであるところ、被告が原告の本件行為を捉えて最も重い免職処分にしたのは、著しくその裁量を誤つた違法があると主張するので、次にこの点について判断する。

すべての職員が、懲戒処分についてのみならず、地方公務員法全体の適用に当つて平等に取扱われなければならないことは、同法第十三条の明定するところである。しかしながら、同条は本来憲法第十四条第一項の定める「国民の法の下における平等」の原則を具体化した規定であつて、地方公務員法の適用に干し人種、信条、性別、社会的身分、門地等による差別待遇を禁止したものと解すべきであるところ、本件免職処分についてかかる差別的取扱いがなされた事実はこれを認むるに足る何等の証拠もない。次に、同法第二十七条の規定する「公正」とは、懲戒処分を行うかどうかの決定及びその処分の種類、程度の決定が公平且適正になさるべきことを指したものであつて、その意味において、任命権者は職員の懲戒処分に当つて右の原則に覊束される結果となることはいうまでもない。しかしながら、本来任命権者は自らの発意に基き、その裁量によつて職員の懲戒をなし得る法のたてまえからすれば、地方公務員法第二十九条所定の各種処分のうちいかなる処分を選択するかは、一般的には処分を行う者の裁量に委ねられているところというべく、たゞその処分が事実の重大な誤認に基くものであつたり、または対象たる行為に比べて甚だしく均衡を失するなど、著しく客観的妥当性を欠き明かに条理に反するときは、公正を欠くものとして違法な処分になるのだと解すべきところ、本件にあらわれた全証拠によるも、被告のなした本件免職処分は未だ上叙の如き趣旨における不公正のものとは認め難い。よつて原告の以上の主張はすべて採用に値しない。

(五)  さらに原告は、かりに原告の本件行為が、被告の免職理由にある如き職務上の義務に違反し、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であるとすれば、それは地方公務員法第二十九条所定の懲戒免職の事由に該当するものであるのに、同法第二十八条第一項三号により原告を免職処分にしたのは、法律の解釈適用を誤つた違法があると主張する。

しかしながら、前記甲第二号証(免職理由書)の記載よりみれば、被告は原告の本件行為をもつてその職務上の義務に違反し、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であると認め、これに基き原告を懲戒免職に附するのが相当と判断して本件免職処分に出たものと認定し得られることはすでに説明したとおりである。もつとも、右の処分にあたり表面上地方公務員法第二十八条第一項第三号により免職にする形がとられている点で、形式的には法律の適用を誤つたものといえなくないけれども、かかる適用法条の誤りによつて原告は利益をうけこそすれ、何等の不利益をも蒙らないのであるから、これについて原告より不服を主張する正当の理由がない。

よつて原告の本訴請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につに民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小石寿夫 上坂広道 井野口勤)

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